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Posted by IKA
 
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あにぞーまにあっくすVOL10~どっくおぶざべい
ほんと中途半端で滞っておりました

「あにぞーまにあっくす」

もうどうでもいいんでしょうが、なんとなく気持ち悪いのでもう少し続けようかなぁと…

過去ログ

を読み直してから読んでいただいたほうが良いかもですが

さてさて

奇跡のバンド「フランス人」伝説のバンド「フランス人」とまぁ勝手に言うてますが

このフランス人3人+2人で発展的に生まれたのが「DOCK OF THE BAY」

きっかけは兄藏とY君(過去ログvol.1~4あたりを参照ください)のバイトの先輩で「Mさん」から「一緒にせえへんかぁ」と声をかけられたのが最初では無かったかと思う

このMさんとは兄藏も私もvol.3で書いたライブの頃からすでに知り合いで、しかしまさか一緒にバンドを組むことがあるとは思ってもいなかった

実はこのMさん「メタル」というか、まぁ分かりやすく言うとステージに黒頭巾の男が登場したり、人形に釘を打ったりするようなバンドをやっていて、もっと分かりやすく言うと、巷によくいる「宝塚歌劇と中島みゆきとアリスとオジーオズボーンとクイーンが大好きな感じ」の方
(気になる方はネットで「おじなみ」と検索するとだいたい分かると思います)

そのMさんのバンドの方がたとの打ち上げは梅田の「かかし」という居酒屋
(玄関に機関車があったような気がするなぁ~確か夏の終わりに在庫のびんビールが一本5円なんてことになってって高校の文化祭の打ち上げがエライことになったような)

スーツのサラリーマンが中心のその店で「紫とも(じぇんぬ)のものまねやりマース」とかテーブルを叩きながら全員でパラノイドやなんかを大合唱したりと、いわゆる「かかしファイヤー」な状態を作り出す

ボーカリストとしてはあの兄藏の3倍くらいの声量の持ち主で、声だけでギターを十分に凌駕するような人物

そしてもうひとりはMさんのバンドでローディーと黒頭巾をしていたO君

このO君がまたぁ…と語りだすとなかなか先に進めなくなるのでこれくらいにして



このMさんと兄藏が組むとどうなるか…



事前にこの曲やるでぇと言われてたのが

ジャニスジョプリンの「Piece of my Heart 」(コーモンとかナオミナオミとか日本人にはなじみの深い名曲)と

クイーンの「Play The Game」の2曲

それとあとは適当にセッションで…ということで

いざ音出し



ボーカルMさんでコーラス兄藏



…あのぉ楽器より声のほうが、やかましいんですがぁ~




とまぁ「どっくおぶざべい」が結成されたところで


次回に続くんですよ~まだまだありますもんで

ドック
ドックオブザベイ時代のフランス人2名(左が1号、右が2号)


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Posted by IKA
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[あにぞーまにあっくす
あにぞーまにあっくすVOL9~フランス人
さぁいよいよ伝説のバンド「フランス人」(何でもかんでも伝説っていうな!)

兄藏、私、そして兄藏の勤める楽器店の後輩I君がギターで入ったトリオバンド
当時、ハードロック一辺倒から色んな音楽に興味を持つようになった兄藏が特に気に入っていたのがフェアグランドアトラクションとタック&パティ (そろそろなんとなく最近の姿が想像できてきますかねぇ)

そういった音楽に,うってつけのギタリストとして白羽の矢が刺さって大怪我をしたのがI君

東京のガッコウで音楽の勉強をし、スタジオミュージシャンを目指していたという今までにいなかったタイプのギタリスト

愛車は親父のクラウン

洗練されたややこしいコードを使ってJAZZYなフレーズも弾きこなす

が、レッドブーツ(ジェフベック)の7/8拍子が苦手でそうじゃない頭の入りまでが入れないという個性的なギタリスト

ジャイアン兄藏との相性は抜群によかった

訳あって大阪に戻り兄藏に「カトリーヌという名前の十三ミュージックに出演しているストリッパーとつき合っている」といったあらぬ(?)うわさを職場で流されながらも同じ楽器店で働いていた

バンドの名前から想像できるだろうが、まぁ「適当に」が合言葉で、完全に「リゾート・バンド」になり

以前から練習よりもビフォーやアフターに重きを置くようになっていたがこのバンドではビフォー&アフターが9割くらいの比重

音楽的な話はさておき(置いとくな!)兄藏のジャイアンぶりが存分に発揮されることとなる

ある時「ライブが飛んだから朝からスタジオで録音して、それからジャケ写を撮影にいくぞ!」と言い出し

仕事先の先輩からもらったか買ったか知らんが、兄藏にしか乗りこなせない(2速が兄藏以外の人間には使えない・ハンドルが死ぬほど重い)茶色のスズキキャリーに乗り

当てなく宝塚・三田・西宮の山奥や田舎道を撮影場所を探して走りまわる、そして辿りつぃたのがよくわからない資材置き場

そこであれこれ写真を撮って終了

とか


またある時は「キャンプに行くぞ!」と言い出し

キャンプと言ってもテントを持たず

「山奥で夜を過ごす」だけ

メシは元ボーイスカウトの私が炊くという感じ

夕方から例の車で「こんどは場所知ってるから」と意気揚々と走り出すも全然場所が分からない

彷徨うこと数時間、もう決行できくなるギリギリのハプニングを乗り越え、いよいよ日付の変わるころ場所を教えてもらったO君(シープス)の友達K君に電話で場所を聞くことに

車で迎えにきてくれることになったが自分たちの居場所もあやふや

じっとしてたらいいのに下手に走るもんだから全然出会える気配なし

しかし携帯など無い時代にK君のすばらしい動物的な感で奇跡的に合流でき現地まで案内してもらう

程なく目的地に到着してK君にお礼を言いじゃぁまたとK君が帰ろうとしているところで「あれ、帰るの?」と兄藏……

当然K君は帰り私はメシの準備、午前1時の飯ごう炊さん

「なんか買いに行く」といって独りで車に乗ってどっかに行く兄藏

取り残された二人で「帰ってけえへんかったらどうすんねん」といった不安を抱きつつ真っ暗な山の中で帰りを待つ…何とか無事に兄藏が帰ってきて午前2時半のカレーライス

おなかも満たされ「さぁライブや!」誰もいない暗闇に向かって演奏開始

やってるうちにどんどん空が白みだし夜明けを迎える

トーキングブルースでI君が

「黙ってたけど、夜真っ暗でほんまに怖かった」
「夜が明けてまわりを見たら木ばっかりやった」

などとと唄いながらもライブは終了

あとかたずけを終え帰路に着き、途中で車を止めて「ありがとう浜村淳です」を聞きながら仮眠

昼頃に解散0泊2日のキャンプ終了

ちゃんとしたライブをやったかどうかの記憶は全くないが

ここから、関西での最後バンド「ドック・オブ・ザ・ベイ」へと発展していくのでした

006
この状況をキャンプと言ってはアカンと思います

007
キャンプ(?)を終えやっと解散!左がI君、かなり充実感のある表情の兄藏の後ろがスズキキャリー号

Posted by IKA
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[あにぞーまにあっくす]  thema:音楽のある生活 - genre:音楽
あにそーまにあっくすVOL8~ジャイアン兄藏
とうとうあと一週間になってしまいました、あにぞーまにあっくすもラストスパートです

シープス消滅後

やはり普段歩いて2分の距離にいてることで何かと会うことが多くジャイアン兄藏の思いつきに色々と付き合わなければならなくなる
ある日「職場の先輩のライブがあるか行くぞ」ということで環状線の桃谷駅というところにあるライブハウスへ行くことに

5時に仕事を終え、アベノに迎えに来てもらえるのが7時ごろで「この2時間をどう使うか」ということになる
普通はメシ食って、お茶して移動でって感じだろがジャイアンは発想が違う

「歩いていこかぁ」…

私と兄藏の高校時代の友達の3人で梅田からアベノまでテクテク歩く
だいたい10Kくらいか…その間ずっと「メーテルと森雪のどっちがええか」を話ながら2時間歩く
結論は覚えてないがまぁどうでもいい

ジャイアン兄藏との付き合いでは「歩く」というのは必須

神崎川のスタジオで練習を終えたあとに車で送ってもらうために「ひと駅やから」と園田まで歩くことに
阪急神戸線の「神崎川ー園田」間は阪急にしては距離が長い、乗っていてもなかなか着かん
なんとなく歩き出してやっと着いたときに「案外遠いな」って…

上京後遊びに行った時パンダを見に行こうと幡ヶ谷から電車で上野へ
月曜日でパンダが休み…で公園でやってたMOMA展なるものを首をひねりながら見たあと歩いて秋葉原まで行きそこから「やぶそば」いこうと神田まで歩くも休み…だらだら歩いて九段下までそこでやっと地下鉄に乗り新宿3丁目当然そこから幡ヶ谷まで歩いて帰る
上京後バイク便をやっていたので道には詳しいのだが電車はよう知らんので、バイクと徒歩を同じ感覚で移動手段としていたようだ

歩くことではないが

ある日勤め先の楽器店主催の「ヤマハ・バンドエクスプロージョン」の店予選に枠が空いたからということで急遽「でるから来て、ギターも声かけたあるから適当にやろ」と

で行ってみると案の定ギタリストは来ずベースとドラムだけで適当にセッションすることに

さすがにベースとドラムだけでは間が持たないと思ったのか
本番直前に手伝いに来ていたお店の後輩にフォークギターを持たせ「呼んだら出て来い、3コードでブルースやるから適当に弾け」と声をかけ

舞台へ上がる、MCが次は「イカターボ」のみなさんです…(名前まで適当)

適当に弾きまくって、叩きまくって1曲目が終わり、半ば無理やり後輩を引きずり出し「スゥイートホームシカゴ」を歌う…訳分からんまま終わって審査発表

続いての賞は「度肝を抜く演奏をしていただいたイカターボです」
ちゃんと練習して出てきたお客様バンドを尻目に賞品まで頂きご満悦のジャイアン兄藏…

結局こういう関係はずっといままで続き詳しくは語らないが、5月にふくらはぎの筋断裂になったり、リサイタルなんか開催してしまったりというわけで

さて次はとうとう「フランス人伝説」を書かねばなりません

jyaian

ジャイアン実写版@関目フレックス
Posted by IKA
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[あにぞーまにあっくす]  thema:音楽のある生活 - genre:音楽
あにぞーまにあっくすVOL7~師匠!
バカばっかりやっていたその頃に兄藏はシープスのO君からこれからの彼の生き方に大きな影響を与えることとなる、ひとりの「おもろいおっちゃん」を紹介してもらうこととなる

O君の近所に住むそのおじさんはパーマ屋兼ボレロ歌手でその人物こそ兄藏が師匠と呼ぶ

「アルバーソ・チカ」であった

そこに居るだけで場の空気が和む不思議な魅力をもった人だった、なんともいえない透き通った声で歌を唄い多くの人達に愛されていた

出会った頃はパーマ屋を営みながら副業としてギターを抱えボレロを唄っていた

そのパーマ屋さんの店先でアルバーソは兄蔵がそれまで全く知らなかった音楽をたくさん教えた

そして、いつしか一緒に営業を廻るようになっていた


そんな折、阪神大震災が起きアルバーソは店も家もすべて失ってしまい副業であった音楽を本業にすることを決意する

兄蔵はそんなアルバーソの生き様を目の当たりにし自分のあるべき姿を見つけ上京を決意したのではないだろうか


兄藏が上京して数年後アルバーソ・チカは営業先で倒れ一時入院する

「胃がん」だった

退院した後で、会ったときに「がんこしらえてもうてなぁ」と話ながら

それでも「こんなんなったらあかんでぇ」と兄藏のことを気にかけていた

それから数ヶ月後ある新聞の記事で「入院先の病院からも歌を唄いに出かけている、末期がんの歌手」として紹介されていた

その記事の写真には見る影も無くやせ衰えた彼の姿…

すぐ東京の兄藏に連絡すると、兄藏も実家から新聞を送ってもらってその記事を読んでいた

兄藏が帰阪し見舞いに出かけた


そして病床に臥すアルバーソから驚くべき話をされる

「今度の三木山でもう最後やから一緒に出ぇへんか」

三木山とは彼が開催のきっかけを作った三木市三木山森林公園で行われている「フォルクローレ音楽祭」のことで彼にとって深い思い入れのあるステージだった

開催は数日後、奇跡的なタイミングで二人は同じステージに立つことになる

当日、出番を待つ楽屋でも兄藏のボータイの結び方や衣装の着こなしに気をかけ、いつもとかわらず兄藏にわがままや憎まれ口をたたくアルバーソ

そして最後のステージへ

ギターを抱え、張りのある信じられないほどの透き通った声で唄うアルバーソ

師匠の後ろ姿のずっと見つめながらギターを弾く兄藏

予定の2曲を歌いアンコールに応え「コーヒールンバ」を二人で唄い

「また来年もお目にかかります、アミーゴ!」と挨拶し大きな拍手に送られステージを後にした

アルバーソは晴れ渡った空の下で新緑の公園のあちらこちらで思う存分歌を唄い大勢の「アミーゴ」達に見送られながら帰路についた





それから一月足らずの、2003年6月12日アルバーソ・チカは音楽と多くの人々に愛された53年の人生に幕を下ろす







…7回忌を迎えた今年の命日は兄藏の「Dear Twilight 」発売記念ライブの日

そのことに気がついて二人で天を仰ぎ見た

「絶対どっかにおるで…」

アルバーソはまだまだ兄藏のことが気がかりのようだ


アルバーソが元気だった頃の記事がまだネットにありました 


Posted by IKA
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[あにぞーまにあっくす
あにぞーまにあっくすVOL6~新しい時代へ
リサイタルまであと一ヶ月を切りました

「あにぞーまにあっくす」もやっと平成に突入…といってもまだ20年も前の話です

何とかリサイタル当日までに完結したいのですがねぇ~というわけで少し長くなりますがお付き合いくださいませ・・・

さて昭和が終わり、新たな時代の幕開け、そして禁断の扉が開こうとしておりました…

兄藏がサンニンジャーで暴れている頃、私もトリオバンドを組んでいた
そのバンドのリーダーでギタリストKは中学の同級生で高校へ行かず一日8時間以上ギターを弾いている超変体ギタリスト、当初はジェフベック等のインストロックを中心にコピーやオリジナルをやっていた

その後Kがフリージャズに傾倒しインプロビゼイションを中心にワンテーマで20分とかの曲をやったり
もうぐちゃぐちゃ
(一度だけKと兄蔵そして私でインプロ30分一本勝負をして兄藏をボコボコにしてしまったことがあるがどうも今でも根に持たれているような…)

そんなトリオバンドで私とリズム隊を組んでいたF君(VOL4の女性ホルモンと同一人物)は脅威のリズムキープ力で無茶弾きギタリストKと無茶叩きドラマーの私が何をやろうが淡々とリズムとテンポを支え破綻を食い止めてくれる

そんな彼が支えてくれていたので私の演奏は成り立っていた訳で、ギター並みに音数が多くひたすら弾きまくるスタイルの兄蔵とはドラムとベースという関係でバンドを組むことは「ものすごくいけない事」のような気がしていたが…

昭和が終わりを告げた頃、兄藏のサンニンジャーも私のやっていたバンドも自然消滅寸前…

その頃私は梅田の三番街近くにあるボウリング場でアルバイトをしていた

時を同じくして兄藏は梅田ナカイ楽器で働くようになる

その距離歩いて約2分…

非常にイケナイ距離感で日々を過ごすように

当然休憩中やバイト終わりに彼と会う機会も増え、そうなると超えてはいけない一線を越えてしまうのはよくある話で…

出会って4年とうとうベースとドラムという関係になってしまった

そして「ゴールデンエイジオブロックンロールシープス」が誕生する…

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Posted by IKA
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[あにぞーまにあっくす]  thema:音楽のある生活 - genre:音楽
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